ADHDの精神科医が自分自身を治療する

今日は最近、認知度の上がってきたADHDと治療の実態について、少し生々しくお話ししようと思います。

ADHDとは、[注意欠陥多動性障害]の略称で、発達障害の一つです。
どんな病気かと言えば、不注意で衝動性が強く、じっとしてられない性格の持ち主をイメージしてください。
例えば、のび太くんやかつおくんの様なドジな少年やとっとちゃんのような落ち着きのない少女です。

一括りにはなっていますが、不注意が中心のタイプ、多動が中心のタイプ、両方ともあるタイプに分けられます。
昔は子供の病気と捉えられていたようですが、最近では大人のADHDも注目されています。
大人と子供とでは別の病気なのか、同じ病気なのかここには大きな議論があって、正式な答えはまだ出ていません。
個人的には同じものだけれど、環境(周りのサポート)や本人の成長次第で不都合を感じるかどうかによって変わってくるものだと思っています。

僕の場合は、子供の頃から顕著な特徴が沢山ありました。
例えば、じっとしてられない。黙って人の話を聞いていられない。すぐに動き回る。出し抜けに答えたり、周りの変化に気づかずに出遅れたり、無くし物や忘れ物が多かったり、宿題をやれなかったり、やっても忘れたり、うっかりミスでテストは間違えまくったり…
こんなことで苦労してきました。
周りの大人からは沢山叱られましたし、自分では頑張っているつもりでも全然ダメで自信が持てませんでした。

学生時代にADHDについて学んだときから、ずっと自分がそうではないかと思ってきましたが、親には『そんなわけないだろ、バカなことを言うんじゃない。』と否定されたので、見て見ぬふりをして来ました。
ただ、これに関しては親に虐待されてきたために多動性が顕著だっただけのようにも思います。(註:虐待された子供は多動になる傾向がある。その場合は区別が殆どつかない。)
今では多動性は全くないのですが、成長したから無くなったとも考えられるし、この点に関しては誰にもわかりません。
そして、虐待していた張本人がそんなことを認めるはずもなければ、精神疾患を恥だと思っていたり、本人の心掛けの問題だとしか思っていなかったり、現実を見ようとして居なかったりする場合は、非常に厄介なことになる。
それが僕だったんだと思います。

ずっと疑問に持ちながらも、他の精神科医に相談しても『医者になってるんだから大丈夫でしょう』とか『考えすぎじゃない』なんて言われてしまい、なかなか根本的な解決には至りませんでした。

ただね、精神科医になって、自分で外来をやるようになってから、不思議とADHDの患者が来る。
毎週来る。
他の精神科医に言ったら驚かれるほど沢山来る。
そして、僕は彼らと似ている。
彼らの困っていることを尋ねるのに、一般的な診断基準の項目だけじゃなくて、僕自身がずっと悩んできたことを問うて見れば、当たる当たる。
『なんでそんな事がわかるんですか』と驚かれたり、『やっと分かってもらえました』と泣かれたり…。
僕にはわかるんだ。彼らの苦しみが。

うつ病とか統合失調症のような一般的な病気とは全く違う特徴がある。
多くの病気は[元々はこうじゃなかった!]という実感がある。
だけど、ADHDとかの発達障害は生まれたときからずっとその状態で生きてきているから、それが病気のせいだなんて思いもしない。
とにかくうまく生きられなくて、落ち込んで、自分がダメだと思ってしまって…。

そんなこんなで目の前の患者の苦しみを理解しながら、自分自身に益々疑いの目を向けながら、治療を進める中で疑念はどんどん膨らんでいった。
生活指導に関しては自分が気を付けていることを伝えるから良い。
問題は薬を処方する場合だ。
自分が飲みもしないのに、自身の病気からどこか目を背けているのに、偉そうに何を出しているのかと。
はっきり言って、何の説得力もなかったと今は思う。

先月、ADHDの勉強会に出席した。改めて自分の疑念を演者に訊いてみた。
医者になってるんだから大丈夫ってお決まりの答え…だけじゃなかった。
気になるなら、試しに飲んでみれば良いと。

翌週、早速同僚を捕まえて処方してもらいました。それが4週間前のこと。
飲み始めると副作用が出ることが多いらしい。
しかし、全く何も感じない。
効果が出るまでには早くても2週間。
また、最大量まで飲まないと効果が出ない場合も多い。
普通のやり方じゃ最大までいくのに2~3ヶ月かかる。
そんなの待ってられない。
色々調べ、販売元の営業にも聞き出して、普通なら患者相手にはやらないようなギリギリのペースで増量してみた。
そして、2週間半経ったある日、上司に言われた。
『最近落ち着いてきたね。穏やかになったよ』と。
嬉しかった。
この瞬間まで何も効果は感じていなかったからだ。
そこから振り返って思うが、色々変わってきたことがある。
例えば、前ほど日中の眠気がない。
当直で寝不足でもそれほど辛くない。
夜は携帯を見ずに早めに眠るようになってきた。
電車に乗るとき、前よりも待てるようになった。

この病気は本人のやる気だけの問題じゃない。
ただ、どうしてもそのように思われ勝ちだ。
だからこそ、本人は苦しむことになる。
もしも、子供の頃に今の薬と出会えていたなら、僕の人生はもっと明るく楽しいものだったと思う。
勿論、僕自身の時間は戻らない。

でも、せっかくこの仕事をして居るんだから、同じ悩みを持った人を一人でも助けられればと思う。
類は友を呼ぶって言うからね。